毎週日曜は書評の日

1939年4月6日、イタリアを支配するムッソリーニはバドリオ将軍にアルバニア侵攻を命じる。
一万二千名の兵員、野砲六十門、戦車二百輌を乗せた輸送船が五十隻の艦隊により護衛されイタリア本国を出国、バルカン半島のちっぽけな国にすぎないアルバニアを瞬く間に制圧し、併合する。
アルバニア国王ゾーグ一世は親英国ギリシアへ亡命し、新たにイタリア国王エマヌエーレ三世がアルバニア国王となる。
ムッソリーニがイタリアとドイツの強固な軍事同盟を「鋼鉄条約」と称する一ヶ月前の出来事である。


ここまでが歴史的事実です。


死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力)

死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力)

ただ単に「将軍」と呼ばれる主人公は、第二次世界大戦時に戦死し、埋もれたままとなっている自国の兵士たちを発掘し、どんな形であれ息子たちとの再会を待ち望む母親たちのために遺骨を持ち帰るという任務を帯びて、みぞれ混じりの陰鬱な気候のなか戦後二十年が経過したアルバニアへと降り立ちます。


作中には将軍はただ某国の将軍とされています。
最初読み始めたときはてっきりドイツ軍の将軍かと思っていたのですけれど、どうやらイタリア軍の将軍のご様子でした。
その他主要な登場人物もただ司祭など、役職で呼ばれるにすぎません。


冒頭からの陰鬱な雰囲気。戦後からわずか二十年。膨大な死者を掘り出すには少なすぎる人員。断絶の原因である異国の地という壁。死者の記録と死者が刻み込んだ記憶。将軍の軍隊におよそ生者はおらず、参列するのは死者たちばかりとなる。
将軍がただ将軍と呼ばれ、名前すら語られないのは、将軍がそれほど死に近い存在であるということなのでしょう。
この辺、イタリア軍北アフリカでの破滅を描いた映画「炎の戦線エル・アライメン」でのラストシーン、戦没者の慰霊碑にただただ延々と「無名兵士」の名が続くシーンを彷彿とさせました。
死者に名前はなく、ただ単に死者にすぎない。


欧州の中で最貧国とされるアルバニアとはどのような国なのか。
僕はカダレの作品に触れるのは初めてなのですけれども、アルバニア人の著者が外から見たアルバニアという国に対する歪で奇妙な思い入れを感じます。
そもそも僕は第二次世界大戦ですとドイツ・イタリアの枢軸国が好きですので、アルバニア人が描くイタリア人の将軍から見たアルバニアという国と、そこに刻み込まれた死者の記憶、という描写は大変興味深いものでした。